樋高酒店さんに教えてもらった新酒取材の最後に訪れた焼酎バー「礎(いしずえ)」だ。鹿児島いちばんの繁華街・天文館(てんもんかん)にある。
暗めの照明の中、カウンターの向こうで焼酎の瓶が整列してゲストを迎えてくれる。
あまりにたくさんラベルが並ぶので、まるで図書館・ライブラリーのような錯覚すら覚えるが、静かにジャズが流れる空間は、焼酎を飲むというより、嗜むという知的な単語がよく似合う。
鹿児島の焼酎では日本一の品ぞろえ・実に1500本(!)を従えて柔らかく微笑む店主が、池畑裕一さんだ。その舌で体で、ここにあるすべての焼酎を味わってきたと聞くと凄みを感じるが、いたって人当たりの柔らかいダンディーな方だ。
焼酎を愛するあまり、焼酎蔵で焼酎造りの経験までもあるという。また、ほかの酒との比較もしなくてはと、日本酒学講師、焼酎きき酒師、日本酒きき酒師、ワインコーディネーター、スピリッツアドバイザー、ビアアドバイザーの資格を持つ、もはやテイスティングのスーパーマンである。
さらに本人だけにとどまらず
「うちのバーで働くスタッフは、何らかの焼酎がらみの経験がある者ばかりです」
というこだわりようがすごい。
なにはともあれ、やっと新酒を味わうことにする。
池畑さんがボトルをカウンターに並べてくれる。10月半ばのこの時期、新酒を出していた鹿屋市・大海酒造の「くじらのボトル」。横がスタンダードなくじらで、縦くじらが今限定の新酒だというのがカワイイ。
飲み方は?と尋ねられる。
……普段はロックなのだが、そのように伝えると、池畑さんをはじめ若いスタッフまでも
「それではあまり香りが楽しめない」という。
お勧めはお湯割り。新酒の香りが一番わかりやすいのだそうだ。
そういえば、指宿酒造の上川床さんも「70~80度のぬる燗が一番個性が出る」といっていた。
酔っぱらうかな~?と思いながらもお湯割りをオーダーする。
なお、「礎」ではお湯割りをつくる際、お湯で割らない。
池畑さんが厳選した「高牧の森の水」で割り、それを丁寧に静かに湯せんにして「燗をつけ」ている。お湯を上からどぼどぼそそぐと、繊細な香り成分が飛んでしまうから、だという。
焼酎の香りを嗜んでもらうための心づかいだ。
さあ、2つ並んだ焼酎、新酒の飲み比べ。
まずは普通の焼酎を。うん、フルーティな芋の香り。この、ちょっとお菓子のような香りが、芋焼酎の魅力なんだよね。お湯割りだと、香りがいっそうたつ。
酔いそう、というのは錯覚で、実はお湯割りのほうが、そのアルコールの香りがゆえにブレーキがきき、ガブガブ飲まなくなるので酔わないそうだ。
次、新酒。まずは香ってみる。
お?なんだ?……(どっかでかいだ香りだな…)と考えたあげく
「スープっぽい?」と口にしたら
「そういう感じ方もありますよね」と優しい池畑さん。
本当にスープというか、お味噌汁的というか、そんなふうに感じたのだ。味わってみると、あ~、芋焼酎。個性が強いってみんながいうのがすごくわかる。
「どうですか?」
「美味しいです!芋の味がすごくします」
と素直に答えると、池畑さん、ちょっと嬉しそうな顔をした。通常のものと飲み比べると、さらにその芋の香りが強いのがわかる。
池畑さんも、樋高さんも、上川床さんもだが、鹿児島では新酒が出ることを楽しみにしている人がとても多いのだそう。
「新酒が出ると『始まるな』って思います」
3か月くらいの期間限定の焼酎の季節が始まる。それを鹿児島の人は、まるで桜の開花のように喜ぶのだ。
それにしても美味しいな、新酒。この個性がなんともいえない。
おつまみは、芋けんぴ、ジャガイモのごま油あえ、そして牛タン。芋2種類、つまり親子呑み。ちなみに「礎」はバーなので、いわゆる食事的なメニューはない。だけど、出されたおつまみは焼酎の相手にちょうどいい。
芋けんぴポリポリ噛みながら、芋焼酎、ちょっとポッキーオンザロック(昭和ですいません)っぽい。ブランデーやウイスキーにチョコが合うように、芋焼酎にも甘いものはいい感じ。
新酒が気に入ったからなのか、池畑さんが新たなる新酒をカウンターに置いてくれる。暗い照明の中でも、透明瓶がうっすら濁ってるのがわかるさつま町・小牧醸造「伊勢吉どん」。これも、わかりやすいように、と新酒と通常のと、燗をつけてくれる。
この「伊勢吉どん」の新酒の香りでピンときた。
「わかった、甘酒の香りだ!」
池畑さんの目がキラリと光る。正解?
もちろん、甘酒オンリーじゃないけれど、芋の香りと混じった複雑な香りの中に確かに甘酒の匂い成分は含まれていると私は感じた。
酔いのせいですっかり忘れていたけれど、芋焼酎は米麹で作る。まだ新しいうちは、麹の香りが混じっていてもおかしくない、ということを匂いを嗅いで思い出した。さっきみそ汁のように感じたのは、麹の香りがなせるわざだったのだ。個性的な香りのせいか、味のほうも一段濃厚に感じる。
うまい。
「鹿児島では匂いがきついくらいの焼酎を好きな人が多いんです」
荒々しい味の新酒はまさに、そんな鹿児島人の好みにあうだろう。
毎年、最初にできる新酒を味わって、焼酎の出来を論じながら楽しむという鹿児島の文化を垣間見た気がした……というのは、後付けである(笑)
実をいうと、新酒とノーマルな芋焼酎の飲み比べが美味しくて、またスタッフとの芋焼酎話(談義ってほどこちらの知識が深いわけではない)が楽しくて少々飲みすぎてしまったようだ。
後半はあまり記憶がない。取材メモを見ても後半は意味不明の単語が踊っている。
焼酎の青い味に文字通り酔いしれた鹿児島の夜であった。
池畑さんに教えてもらった近くの「えびしおラーメン」で〆た。
http://www.honkakushochu-bar-ishizue.com/ 鹿児島県鹿児島市千日町6-1フラワービル4F TEL 099-227-0125 20:00~翌3:00 定休日 不定休 (主に日曜休・連休の場合は問合わせ)
【特別コラム】秋だけの「青い味」・芋焼酎の新酒を本場鹿児島で温泉とともに味わう
第1回 前書き 意外に少なすぎる!温泉宿で焼酎の新酒が味わえる宿
第2回 指宿酒造で訊いた新酒が旅をできないわけ・11月6日には新酒まつりも
第3回 芋焼酎の新酒が味わえる希少な宿の1つ・いぶすき秀水園宿泊レポ・前編
第4回 32年連続プロが選ぶNo.1のお料理はダシが絶品だった・芋焼酎とのマリアージュつまみは……いぶすき秀水園宿泊レポ・後編