山手線の電車にひかれて温泉療養に来たという主人公をもつ、日本文学の名作『城の崎にて』。志賀直哉が城崎温泉の地で実際に療養しながら執筆してから、100年あまり。その城崎温泉の地域限定で発売されている、ユニークな本があるそうです。
写真:温泉のお供に。万城目学『城崎裁判』
ここで出版されている本は、1冊1冊、まるで体裁が異なります。なかでも注目なのは、湯桶に入ったタオル!?にカバーされた、まさに温泉で読める本。こちらの本がどのように作られているのか、詳細を探るべく取材しました。
出版元であるNPO法人・本と温泉は、城崎旅館経営研究会を構成する気鋭の若旦那衆十数名で立ち上げた組織。その中心となって活動されている、片岡大介さんにお話を伺いました。志賀直哉が逗留し小説の舞台となった旅館、三木屋のご主人です。
写真:チェックインのお供に。志賀直哉『城の崎にて』
ー「本と温泉」を立ち上げたきっかけを教えてください。
まず、城崎温泉は文学の街として知られていますが、実際この温泉街を歩いていて、それを感じることがあるかというと、なかなか感じられないですよね。志賀直哉が「城の崎にて」を当地で執筆してから100周年だった2013年に立ち上げたのがこのプロジェクトです。私たち城崎旅館経営研究会で話し合って、城崎温泉で文学が感じられる、楽しめるという何かを作り出せないかという思いで発足させました。
写真:時代背景などが分かりやすく解説された別冊付きの『城の崎にて』は、「本と温泉」第一弾の出版物
ーこれまで、第一弾から第三弾まで、ユニークな本を出版されていますが、ブックディレクターの幅 允孝さんがすべて編集をなさっていますね。幅さんとの出会いについて教えてください。
城崎国際アートセンターの館長を務めている田口幹也さんが共通の友人で、田口さんに「本と温泉」のことを話したら、幅さんを紹介してくれたんです。城崎で一緒に話して、意気投合して。私たちは出版のことはさっぱり素人だったのですが、幅さんが出版界とつないでくれて、このプロジェクトが進んでいます。
写真:タオル地の表紙カバーをまとった、水をはじく本
水をはじく紙で出来た本にタオル地のカバー
ー「温泉で読める本」という触れ込みの、第二弾の万城目 学『城崎裁判』ですが、本当にお風呂で読んで大丈夫なんですか?
はい、本体にはストーンペーパーという非常に高い耐水性をもつ紙を使っていますので、そのまま温泉で読めるんです。幅さんが「温泉に浸かりながら読めたらいいんじゃない?」と言って、本体の紙のことや表紙カバーのタオルの案など、装丁の長嶋りかこさんに相談してくれて、面白いものができました。
人気作家の万城目さんに書き下ろしを依頼できたのも、ラッキーでした。関西の場所場所をテーマに書いている作家さんなので、幅さん経由でお声がけさせていただきました。それまで城崎にいらしたことがなかったそうですが、この機会にお越しいただき、じっくりとお話させていただく中で、城崎温泉への愛も育んでいただけたのではないかな、と自負しております。
写真:「ただし、表紙がタオルだからって、そのまま身体は洗わないでくださいね。」(本と温泉HP、万城目学さんのメッセージより)
ー続く第三弾には、湊かなえ『城崎へかえる』。こちらはどういった趣向の本なのでしょうか?
写真:ユニークなパッケージ。湊かなえ『城崎へかえる』
これまたヒットメーカーの湊さんにお願いできたのは、万城目さんからのご紹介があったからなんです。城崎温泉で、城崎温泉の本を出したという話から、「城崎温泉愛なら負けないわ、私に書かせて欲しい」というようなことを言ってくださったそうで。湊さんは、冬は家族で城崎温泉にカニを食べに行くのが常だったということで、物語の中にカニを食べるシーンがあったり、城崎の街を散歩したくなるような本になっています。
装丁は本庄浩剛さんによるもので、ズワイガニです(笑)。ちゃんとカニの表面のデコボコも表現していて、カニを殻から取り出すように、本をすっと取り出すような仕掛けになっています。小ぶりなサイズ感でもありますので、のんびり散歩のお供にどうぞ。
写真:美味しそうに竹ざるに盛られたズワイガニ!?
写真:特殊テクスチャー印刷で表現された、リアルなカニ感。中身はミステリーではなく、心あたたまる短編小説
ー今後の予定を教えてください。
2019年には、第四弾の発行を予定しています。今度は小説ではなく、絵本です。というのも、私たち「本と温泉」メンバーがちょうど子育て世代ということもあり、子供たちが楽しめる、子供たちに伝えていける本ということ。また、団体名を「文学と温泉」ではなく「本と温泉」にした理由は、難しい文学だけでなく幅広いジャンルの本を扱ってみたいという思いもあったので。
作家さんは、アートユニットのtupera tuperaさんです。絵本やイラスト、NHK Eテレでアートディレクションなど幅広い活動をされている人気ユニットです。内容はまだ秘密……ですが、楽しみにしていてください。
ーありがとうございました!
まさに今浸かっている温泉の物語を読むという、不思議な体験は、ここでしか味わえないもの。城崎温泉へ行ったら、ぜひ手にとってみてください。
(取材・文:前田ゆかり)